サイバー戦争が始まった(34) お金の爆弾

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。

その日、秋元隆は仮想通貨「ワールド・エイト」の異変に気がついた。その日のうちに、日本円との交換レートが暴騰し、一日で昨日の100倍の値を付けており、いまだにその値は上がっていく。他の仮想通貨を使っていた人も、「ワールド・エイト」に乗り換えざるを得なかった。一昨日のニュースでは、日本にあるマイニング会社の大手が倒産し、脱税などの容疑でその会社の事務所に倒産翌日に家宅捜索が入った、ということで「ワールド・エイト」も、もう終わりか、と言われ、じわじわと値を下げていた。しかし、その倒産会社に「救いの手」を差し伸べたC国の会社があり、なんと数時間で状況は変わった。その全ての負債を肩代りするだけでなく、さらに「ワールド・エイト」の供給量を従来より少し絞る、という。

マイニングの量をコントロールする、というノウハウがあると業界でささやかれている「マイナーズ・アソシエーション」という組織が救済した会社の傘下にあるのだが、ここで動いているお金がどこからの資金で動いているのかは、誰にもわからなかった。

マイナーズ・アソシエーション、略して「MA」は世界の仮装通貨のほとんどのマイナーが集まっている、会社組織ではない集団だ。マイニング手法の最先端を行っており、少ない資源で多くの仮想通貨の採掘をすることで有名だった。彼らの採掘には、巨大なデータセンターなどはもう使わない。世界各国に散らばったマイニング・クラウドが仮想的にスーパーコンピュータを作っており、これらを管理するプログラムが彼らの「武器」だった。利用するクラウド拠点の数を指定して、MAに対して「投資」を行うと、その投資額にあったリターンがある、という仕組みで、当然、利用できるクラウド拠点の数によって、投資額が小は千円から、大は1億円までのメニューが揃っていた。MAのサービスはC国にある親会社の窓口から、オンラインで買えた。

案の定、その日の午後には、合理的ではない取引を扱った」という罪状で、日本の「W8(ワールド・エイト)」の交換所が株主からの告発で摘発を受け、即時取引停止、家宅捜索が行われ、翌日には社長と役員に告発状が発行された。しかし、新聞で発表された告発内容を調べると、少々違う。そこには「意図して社会の混乱を招く」という文言がこっそり入っていた。

「あ。これは」

秋元は思った。彼は、最初からW8をあまり信用しておらず、投資額も数十万円に抑えて、よくなる時期が来たら、投資額を増額するつもりでいたし、もちろんこういうことがあれば、すぐに引き上げる。引き上げる時間がない場合は、そのお金はあきらめる、というハラも決めていた。

日本のW8の交換所は現在のところこの会社だけだったから、日本中のW8投資家は大混乱だったが、日本ではそれほどW8の顧客は少なく、投資額も多くないために、世間には大きな混乱はなかった。と、思ったら、突然の「逮捕」、「暴落」、そして「救済」である。1日でこれが起きた。翌日から始まったW8の通貨供給量はマイニングを主に行っていたMAが握っていたが、なぜかこのとき、C国からの他の出資もW8取引所の救済された会社にあり、その市場価値は数時間で100倍を付けた。つまり、それだけインパクトのある投資が行われた、ということは、それだけの価値があることを誰かが知っていて、絶妙のタイミングでその投資が行われた、ということでもある。日本のW8市場は短時間の間に沸騰した。これまでマイナーといわれた仮想通貨が、数日で日本の仮想通貨のメインに躍り出た。もちろん、日本の銀行なども黙っていなかった。特に老舗のM銀行はW8を大量に買ったようだ、という噂が流れていた。

そして1週間後。秋元が恐れていたことが起きた。


「で、守備は上々、ってことでいいかね?」

C国の軍の最高司令官がMAのトレーディングルームに入ってきて言った。技術者が答える。

「大丈夫です。あと5分で次のミッションが始まります。まだ仕上げではありませんが、これで、日本の金融市場は大混乱に陥る」
「わかった。その後はどうするんだ?」
「我が国の投資銀行の投資対象を日本にも既に広げてあることは、先日お話をしましたよね?今度はここが救済に動きます。ターゲットは軍需産業で有名なMグループです」
「ほう、Mグループが我が国のものになるのかね?」
「結果としてそういうことになります。現在Mグループ各企業の大株主のM銀行が、先日のW8の100倍上げの少し前に、大量にW8を購入したのです。この銀行の担当者に、我が国のエージェントが、これから起きることを先んじて話をしておいたからです」
「担当者は喜んだだろうな?」
「もちろん。100倍を超える大儲けの話ですから」
「そして、彼らはいま、絶頂にある。これから起きることも知らないで」
「そういうことです。ではオペレーションの時間です。プログラムがちゃんと動いているかどうか、コンソールから見られます」
「ところで、日本のコール市場はどうだ?」
「動きが早すぎて、ついていけていません。現在は既に資金量も少ない。こちらもそのスピードと資金量を知って動いているわけですが」

最高司令官は、技術者のPCを覗き込んだ。そして10分ほどしただろうか。司令官が叫んだ。

「おお!どんどん下がっている。100倍から一昨日の価格以下まで落ちたな。連絡していいか?」
「どうぞ」

最高司令官は電話を取って、話を始めた。連絡した先は、C国の巨大投資銀行のCEOだ。

「我々のミッションはほぼ終わりかけている。次は君の出番だ。うちの一族には優秀なのが揃ってるな。君は特に優秀だ。わかってるだろうな?」

受話器の向こう側でCEOがなにかを大声で喋っているのを、そこにいた技術者が聞き耳を立てて聞いている。受話器の向こうで、CEOが喋っている。

「C国最高司令官殿、既に資金は用意してあります。明日の朝には結論が出ているでしょう。これで、100年以上我が国を苦しめたあのMグループは終わりです。既にMAにも司令を出しています。日本中の投資家は、今夜は喜びで眠れない夜を過ごす。そして、明日の朝には、Mグループもろとも、奈落に落ちる。これで日本の政府の国武器購入などの動きが完全にストップする。明日の夜は今度は悲しみと落胆で眠れない夜になるでしょう。日本人には」
「我々も明後日には宴会の用意をするかね?君もどうだ?一緒に来ないか?」

最高司令官の宴席に呼ばれるのは、その技官の出世が約束されたことを意味している。

「ありがとうございます。お伺いいたします」

技官の顔は、満面の喜びがにじみ出ていた。


翌日、W8は大暴落。W8の大半を日本で持っていたM銀行が倒産報道。そこに、C国の投資銀行から連絡があった。

「貴銀行の100年を超える歴史に敬意を表します。つきましては、我が銀行の出資を受け入れ、我がグループのメンバーとなられることを、心から。。。。」

M銀行には、他に、経済産業省など政府機関、知られた政治家などから連絡がもちろん入った。

「現在日本の国の政府とは敵対関係にあるC国の銀行傘下に入るのはやめてほしい」
「では、誰が我々を救済してくれる、というのですか?」
「…..」

政府関係者から数多くの連絡、圧力はあったが、背に腹は代えられない。そうCEOは返すしかなかった。

その日の夕方のM銀行の公開記者会見で、白髪のCEOが語った。

「これまでも、外資の受け入れには慎重ではありつつも、積極的に進めて参りました。今回のC国の投資銀行からの出資受け入れは、グローバル化を推進し、世界の銀行としてアジア地域に大きな拠点をも用意できる、とうことになり、非常に喜ばしいことと思えました。そのため、役員全員一致した意見として、このほど、C国投資銀行からの出資を全面的に受け入れることを決定いたしましたので、ここにご報告申し上げます」

秋元はその記者会見のテレビ画面を見て呟いた。

「終わったな」

日本は第3の敗戦をいま、経験した。秋元の飼い猫のミミが膝の上で「ミャア」と一声鳴いて、大きなあくびをした。

 

IT機器には数千万行のプログラムが入っている

ITの業界は、誰でもやれる仕事のように見えるが、そうではない。いや、どんな仕事も似たようなものだろう。人には個性があり、適正があるし、仕事にも、様々な種類があり、一律同じ仕事なんてものはない。その中でもITの仕事、特にソフトウエアの仕事は扱っているものが、外見以上に複雑で、外見以上に多様な知識を必要とするうえ、本質的に「不可視」である。だから、外見からは簡単に見えてしまう。しかし、その外見の下には、膨大で複雑なものがぎっしりと詰まっている。そのすべてを理解することは誰にでも不可能だ。

コンピュータもスマホも、誰もが簡単に使うようになったが、その裏側で動いている膨大なシステムは、全く外側からは見えない。だから、その外見だけで、それを作ることは簡単に見えてしまう。それを「素人」というのだ。

たとえば、5千円くらいの小さなコンピュータに入っているプログラムの行数は、そのOSだけで、2100万行弱である。これは年々増えており、OSの基本部分だけでなく、様々な機能を入れれば、その行数は、少なく見積もっても、おおよそ3千万行を下らない。しかし、スマホやPCを使っている人は、まさかその中にそれだけのプログラムが入っているとは思わないだろう。世界中のソフトウエア技術者が寄ってたかって作っているのだ。

しかし、3千万行のプログラムは実際に入っていて、動いている。だから、スマホやPCの便利な機能が使えるようになっているわけだ。しかし、これ、実際に現場でプログラムを書いている人には「常識」なんだけどね。

ちなみに、3千万行というと、1行のプログラムが5mmくらいのスペースを取るとして、そのプログラムリストは150kmに及ぶ。富士山の高さ40個ぶんになる。

 


もしも相撲をする人工知能つきロボットができたら

最近はなにかと騒がしい「相撲」の界隈だが、もしも、相撲をする人工知能を積んだロボットどうしの試合があるとしたら、どうなんだろう?

そもそも、「戦う」とはなんなのか?「戦いに勝つ」とはなんなのか?「戦いに負ける」とはどういうことか。人工知能は、あの映画「ウォー・ゲーム」みたいに、戦うことそのものが無駄なこと、と、悟ってしまったら、どうするのか?

それでも人間に戦いをけしかけられたら、おそらく、相撲ロボットどうしで通信をして「今回はあなたが勝ったことにしてくれ」なんて、裏で談合した「ショー」をぼくらは見ることになるのかもしれない(え?人間がやっても同じだろう?って?それは言わないお約束でしょ)。

そうなると、ファインプレー以外は見られない完璧な野球とか、持ち回りで価値が決まるプロレスとか、そういうものをぼくらは見させられるわけで、それが面白いものになるとはまるで思えない。「不確実なこと」があるからこそ、こういう「対戦もの」は面白いのであって、そういう要素がなくなれば、勝つのが最初からどこになるかわかっているドンパチのアニメと変わらない。

相撲に限らないが、要するに人間という不完全なものがあるからこそ、こういう「興行」は成り立っているのであって、不完全な人間という存在が排除されたら、その場で「戦い」の意味そのものがなくなっていくだろう。要するにそんなことだったのさ、というように、ね。そして、こういうものは面白くもなんともなくなっていくんででしょうね。

人間。この不完全な面白きもの。

 


OSなどのソフトウエアのアップデートでお金を取ること

最近のスマートフォンやPCなどの情報系電子機器は、ハードウエアとソフトウエアが分離されて物事が考えられている時代から抜け出ていない。しかしながら、最近のこういった機器は、ほとんど「ソフトウエア」によって、その機能が決まり、「ハードウエア」そのものはコモディティ化しており、どこで何を買ってもあまり変わりがない、という状況になっている。つまり「その電子機器が何者であるか?」を決めるのは、ソフトウエアであり、ハードウエアではない。そのため、同じスマートフォンでも、使う人によって「自分のスマートフォンはFacebookしか使っていないからFacebook専用マシンである」と言えてしまったりする。当然、Facebookがそのスマートフォンで動くためには、その裏側で膨大なネットワークなどのインフラやサーバーシステムなどを始め、膨大なものが動いている。しかし「その機器」は、あくまでその人にとっては「Facebook専用マシン」であることに変わりはない。

たとえば、テレビなどは既にソフトウエアの塊であって「ハードウエア」はどのメーカーでも似たようなものだ。今のテレビは、ハードウエアとソフトウエアの融合がなければテレビの番組は見られない。そして、比重はソフトウエアのほうが高い。

スマートフォンでよく問題にされる「電池の爆発」などの問題も、安全な充電を保証するのは、ソフトウエアの仕事であって、ハードウエアではない。当然、こういう問題は、自動運転車などの人間の命がかかっているものも同じことになるのは明確だ。加えて、現代の飛行機なども、様々なソフトウエアが主役であって、ハードウエアはコモディティ化されたものが組み合わされているに過ぎない。

簡単にいえば、「ハードウエア+ソフトウエア=システム」という時代が終わったのだ。主役は、ソフトウエアになった。無線のシステムも、既にソフトウエア無線なども技術としてはあり、ハードウエアも単一のものになるのは、時間の問題だろう。先日、手持ちのiPhoneをiOS11.2にアップデートしたら、ある時突然に全くなにも動かなくなり、電源さえ切れなくなった。こんなことが、自動運転車で起きれば人命にかかわるし、飛行機であれば、その人命は一人や二人の話でもなくなってしまう。電子機器の非常に重要な役割を、ソフトウエアが担う時代になっているのは、誰の目にも明らかだ。

であれば、現在の電気用品の安全などを司る様々な法律も、ソフトウエアにはっきりと切り込むことが必要だろうことは言うまでもない。つまり、OSやアプリのソフトウエアのアップデートには、政府の機関の認証が必要、というようにすべきだろう。そうでないと、人命が失われることもあるかもしれないからだ。一度ハードウエアの認証を取ってしまえば、あとは内部のソフトウエアは欠陥があろうが人を殺そうがどうでも良い、ということにはならない。同時に、こういう許認可は、これまでのように、政府の大きな収入源ともなるかもしれない。

ぼくらのようなソフトウエアを仕事にしてきた人間は、お客様のところでいま、ちゃんと動いているものを、むやみに「こうするといいから」などと改変することはないし、仮にそれをするにしても、かなり膨大な手続きでお客様の許可を得るのが普通だ。そうしないと、今動いているものが、動かなくなる、などの大事故で、お客様のシステムで大きな損失が発生することもあり、もしそういうことが起きれば、作ったぼくら、改変したぼくらに、損害賠償などの責任だって発生する。開発のときの契約書にだって、そのように書いてある。その契約に従って、ぼくらはソフトウエアをを作ってきたのだ。

であれば、スマートフォンのOSのアップデートや、アプリのアップデートには、政府が縛りをかけ、ハードウエアの変更と同じかそれ以上の責任をもたせるのが、現代では望ましい、ということになる。同時に、このアップデート登録料を政府の収入にすることによって、政府の収入増を図ることもできるだろう。

 


サイバー戦争が始まった(33) すごく簡単なアルバイト

※本記事はフィクションであり、事実を書いたものではありません。
※本記事はこの本の続編です。他のエピソードはこちらの本をお読みください。

そのアルバイトの説明書きにはこうあった。

「スマートフォンを持って、街をぶらぶらしてもらう、簡単な仕事です」

なるほど、これだけ見ると簡単そうなアルバイトだ。IT系の学部の大学生のぼくは、まぁ、目立たない大学生なんだが、このアルバイトはなかなか魅力的だった。他のコンビニのアルバイトなどに比べて、2倍とは言わないが、それに近い金額が提示されている。とにかく、こういうアルバイトはすぐに定員になってしまうのはわかっているから、すぐに連絡先に電話して、面接のアポをとった。アポをとった事務所の前にには、予想したとおり、ぼくみたいな大学生が数十人は来ていた。アルバイトの募集内容の良さにしては、少々少ない感じがないでもなかったが。

事務所は大学の前の通りの銀杏並木の間に隠れるようにしてあった。大学とは道を隔てた古い4階建ての古いビルの3階に、その「面接会場」はあった。かなり古い建物に見えたのは、その「ビル」にはエレベータがなかったからだが、それ以上に外装もかなりみすぼらしい。何度かこの前を通ったことがあるが、ここは昨年までなんのテナントも入っていない「空き家」だったところだ、と思い出した。三階に息を切らして階段を上がりきると、古ぼけた壁なのに、受付の窓口だけ白いペンキで塗り替えてきれいに見せている、いかにも、という感じの「窓口」があった。

「すみませーん!」

大声で窓口で叫ぶと、係員の女性が顔を出した。

「すみません、今日、アルバイトの募集を見てきました」
「わかりました。そこで少し座って待っていてください。今、前の方の面接をしていますから」

しばらくすると、その女性の事務員らしき人が事務所のドアを開けて出てきて、ぼくに記入する紙を渡して言った。

「すみません、この紙にあなたの今所属している学校や職場、名前や連絡先を書いて、できたら、また私を呼んでください」
「わかりました」

言葉はもちろん日本語だが、C国人であることがすぐにわかる「訛」があった。もらった紙に一切を書き終えて、ぼくは窓口でまた言った。

「すみません。記入終わりました」

すると、さっきの事務員の女性が出てきて、ぼくの書いた紙を一瞥して言った。

「向かいの大学の学生さんですね。じゃ、学生証も見せてください。コピーしますけど、いいですか?」
「はい、お願いします」

事務員の女性は、学生証をすぐにコピーして、また出てきた。

「住所は目黒ですね」
「はい、そうです。親と一緒に住んでいます」
「では、学生証をお返しします。そこのソファで少し待っていてください」

さっきからそこにあるソファは古ぼけたもので、端っこの茶色い合成皮革のレザー張りが剥がれていた。ぼくはそこに座って、待った。

待って、5分もした頃だろうか?窓口の隣の事務所のドアが開いて、自分の前に面接をしていたであろう女子学生が、赤いスマートフォンを持って出てきた。可愛い子だな、と思った。が、スーツを着ているその窮屈そうな体は、少し太っていた。彼女はぼくに気がつくでもなく、そのまま階段を音を立てて降りて帰っていった。彼女が去った開いた事務所のドアの奥から、この事務所の主らしき男がぼくに向かって「おいでおいで」の仕草でぼくを呼んだ。

「どうぞ、入ってください」
「はい」

入ると、ぼくは会釈して言った。

「よろしくお願いいたします」

すると、その男はアルバイトの内容を一気に語った。こちらもC国語訛がわかった。

「ここに、あなたにお渡しする青いスマートフォンがあります。今はもう電源が入っています。このスマートフォンを持って、あなたの家の近くのこのあたりを、明日と明後日の午前8時と午後6時ごろに、うろうろしてください。仕事はそれだけです。このスマートフォンはこのアルバイトが終わったら差し上げます。そのまま持っていってください。それから。。。」

と言って、男は傍らの事務机の引き出しを開け、ぼくに封筒を渡した。

「今回のアルバイトのお金です。ここでお渡しします。では、よろしくお願いいたします」
「すみません。封筒の金額見ていいですか?」
「どうぞ」

ぼくはホチキスで留まっている封筒を開け、中を調べた。たしかに、明日と明後日ぶんの2日間ぶんのお金が入っていた。ぼくはそれを確かめると、その男にお礼を言った。約束のお金。そして、付録にC国製のスマートフォン一台。連絡もなにもしなくていい。悪くないアルバイトだった。

「ありがとうございます」

男はそれに答えて、余計なことを言った。

「なにも仕事をしなくていいのか?と、考えることはありません。お渡ししたスマートフォンには、こちらで用意したアプリが入っていて、動いています。それがあなたの仕事をしているんですね。あなたのアルバイトが終わってしばらくすると、そのアプリは自動的に自分自身を消して、普通のスマートフォンになります。そのまま使えます。だから、今日を含めて3日間、電源を切らないようにだけはお願いします。そのあいだ、画面の表示がされないようにしてあるので、画面は真っ暗なままですが。でも、そのかわり、電池はだいたい3日間なんとか持つはずです。3日たつと、画面が表示されて、普通のスマートフォンとして使えるようになります。ご自分で買ってきたSIMを入れると、そのSIMで動きます」

あぁ、なるほど、いわゆる「SIMフリーのスマートフォン」なんだな、と納得した。

ぼくはそのスマートフォンと封筒の現金を持って帰宅した。

翌朝、言われた通りに、午前8時くらいに自宅から目黒駅までのあいだを約1時間行き来した。このあたりの人は都心に通勤する人たちが多いが、ここそのものも都心でもあるから、9時の始業の会社でも、8時前後に家を出れば通勤ラッシュの駅に行くことになる。つまり「午前8時」の意味はそこにあったのだ。ぼくは目黒駅の人混みの中に突っ込んで、あやうく改札を通って駅の中に入るところだったが、改札の直前で自動改札機にわざと体をぶつけて、人混みが過ぎ去るのを待って、なんとか駅の中に入るのは免れた。

さらに1時間ぐらい駅周辺をぶらぶらしてから、大学の授業に向かった。今日の講義は午前中はなく、午後から2つ。情報工学概論と、単位取りのために受講している「情報セキュリティ概論」だ。「情報セキュリティ概論」の先生は、元・警察のIT犯罪担当のエキスパートとのことで、ぼくが見ても、バランスの取れた人だった。白髪だが、元気いっぱい、という感じの人だった。ぼくはその先生がなんだか好ましい先生の1人に思えて、なにかと相談をすることがあった。

毎週一回、情報セキュリティ概論の授業が終わった後、その先生のところで、10分くらいの雑談をして帰るのが常だった。その日も、授業が終わってその先生の研究室に行った。

「稲垣ですけど。。。」

そう言ってから、コンコン、と、研究室の扉を叩くと、先生が笑顔で出てきた。

「やぁ、今日の話は面白かったかい?」

それが、その先生のいつもの最初の挨拶だ。それから、先生との話は、いつも興味が尽きない話で、ぼくは飽きることがなかった。その話が一通り終わると、先生はぼくの持っているスマートフォンを見て言った。

「お、新しいの買ったのかい?」

そこで、ぼくはこのバイトの話を先生にした。先生はとても興味を持ったようで、こういった。

「なんか面白そうなバイトじゃないか。その持っている新しい青いスマートフォン、見せてくれるかね?」
「いいですけど、バイト先からの借り物で、3日たつとぼくのものになりますけど、なにか特別なアプリが動いているらしいから、電源切ったりとか、なにかを止めたりしないでくださいね、ってことで」
「わかったよ」

ぼくは先生に、青いスマートフォンを渡した。先生は、数秒それを眺めた後、

「ちょっといいかな?迷惑はかけないから」

と言って、そのスマートフォンを先生のPCに接続し、なにやらやっていた。と思ったら、数十秒で、そのスマートフォンを返してくれた。先生は言った。

「なんだか怪しいものを感じてな。君になにかあるといけないと思って、中のROMと現状のRAMの全部のコピーを取った。加えて、現在入っているSIMカードの情報も取った。ただし、スマートフォンの動作は一切止めていないし、なにか変えたこところもないから、アルバイト先にはなにもわからないようになっている。心配しなくていいよ」

ぼくは先生の研究室を出て、夕方のアルバイトの「お勤め」に目黒駅に向かった。その後、その日の「アルバイト」を終え、自宅に戻った。翌朝、指示された通りに、また目黒駅に向かい、あたりをぶらぶらして、大学に戻った。その日は「情報セキュリティ概論」の講義はなかったが、講義が終わったら、授業があった階段教室の外で「先生」が待っていた。

「稲垣くん」

先生は少しやつれたような顔で、ぼくを呼んだ。

「昨日の話によると、今日の夕方も、アルバイトだね。あと1時間は時間があるだろう。ぼくの研究室に来ないか?ちょっと話したいことがある」

研究室の扉が閉まると、先生は話始めた。

「君のやっているアルバイトは、最初どこで見つけたね?あぁ、バイト募集のあのサイトだったね。いや、学校の学生課か。その君の持っているスマートフォンだが、発注主の言う通りにしているかね?」
「はい、その通りにしています。それがアルバイトですから」
「わかった。その通りに行動してくれていいよ」

なんだかよくわからなかったが、まぁ、なにかあったのだろうが、ぼくには問題がない、ということらしい。ぼくは、大学を出て、目黒駅に向かった。その日の目黒駅での「アルバイト」が終わって、夜、スマートフォンが「ピッ」と鳴ったかと思うと、勝手に再起動して、普通のスマートフォンの画面になった。ぼくは「バイト終了だな」と思った。


「君はぼくの学生だから教えよう。実は、あのスマートフォンには、カスタムメイドのアプリが入っていて、それは、そのスマホの近くの別のスマホの情報を横取りし、国外のあるところにその情報をリアルタイムで送っていたんだ。スマホどうしの接続は先日発見されたBluetoothの脆弱性を使っていた。つまりBluetooth経由でつながっていたんだな。君の家の近くには、防衛省の幹部がいるらしいな。しかもかなり上級の幹部で、多くの軍事情報を持っているのは明らかだ。あのスマホが駅で近くを通るその幹部のスマホの情報を横取りし、防空管理システムなどのパスワードや、指紋認証時に使われる指紋データなどをどうやらコピーしていったらしい。君のアルバイト、ってのは、要するに、そういうものだったんだ。横取りされたスマホの情報から、その上級幹部の名前もわかった。君と同じ名字だ。しかも、巧妙なことに、そのアプリは情報横取りのタスクが終了すると、自分で自分を消して、そのスマホでなにがあったかもわからないように作ってある。巧妙だよ。さっき、調査結果を防衛省の友人に送付しておいた。大学の生協にはこういうアルバイトの募集はこれから扱わないようにも、言っておいた」

翌週の「情報セキュリティ概論」の後、先生の研究室に寄ったぼくは、先生にそう告げられた。

「防衛省の上級幹部。。。。」

ぼくはその先の言葉を失った。しばらくの沈黙の後、ぼくは先生に言った。

「それ、ぼくの父じゃないかと思います」

 


あいつぐ「製造業の不祥事」の原理原則

「日本の製造業は信頼できるものを作る」という神話が崩れた、と言って騒がれている「神戸製鋼」「日産自動車」「富士重工」「中日本高速」「東レ」などなど、日本の名だたる製造業での「不祥事」は、日本の製造業がおかしくなったからだ、というのは、わかっているようでいて、わからない話なんだと思うのですよ。

だって、企業というのは、結局お金で測られるものですよね。業績いいとか悪いとか、株価が上がってるとか下がってるとか。つまり「お金を得るため」に「事業」をするのが「企業」ですよね。であれば、採算割れしてできない仕事は「やらない」という判断が正しいと思うのですね。しかし、それを「やる」という判断をする、ということは、その判断をした経営者は「株主の利益を損なう決定をした」わけで、その判断の動機によっては、それは「背任」ということになりますよね。

そして、そういう決定をしなければ企業が生きていけないのであれば、その企業はこの世にいることを許されないわけだから、企業を解散すべきですよね。当たり前なことだと思うのですが。

そりゃ、古い日本の企業では「ムラ」という役目、いいかえれば、「運命共同体としての人の集団の生存の保証をする」という役目はあったわけですね。「企業の社会的役割」という言い方で、企業はその事業で得た利益をなんらかの形で社会に還元する、ということも、もちろんあった。利益でも売上でもなく、その集団が生きていくために、その企業が所属する社会を存続させるために、企業はある、という企業の定義はもちろんあったと思うのですね。であったとしても、「経済原理」に沿わない決定をして、企業の存立を危うくする経営というのは、その集団の存立をも危うくするわけで、そういうのは企業として生き残れなくて当たり前ですよね。企業として生き残れなければ、社員の生活の保証も、社会への貢献も泡と消える。「社会貢献」と言ったって、それを行う企業がなくなっちゃったら、意味ないでしょ。

だからこそ「売上・利益追求のための人間の集団」という当たり前の前提の企業の定義による行動原理ではない行動原理が、その企業にあったとしたら、それこそ問題なわけですよ。「日本企業というのは、経済原理で動いていない」のであれば、それはこの世界に受け入れられないカルト宗教、ということになる。かつて反社会的な行為で問題となった「オウム真理教」と、それは同じだ、ってことですよね。

不思議なのは「企業の社会的役割」という言葉でそういう日本企業のあり方を表現するにしても、その企業自身がなくなってしまえば、社会的役割もへったくれもないわけですよ。実にわかりやすい話だと思うんだけどなぁ。

日本企業といえば、高度経済成長期というものがあった時代には「儲かって当たり前」という幸せな時代が、かつてあったんですね。つまり「企業がある=余剰利益を持っている」だった。その時代であれば、金銭的利益を持っていない企業はなかったわけで(少なくとも表向きは)、そういう時代であれば、その儲けをなにに使うか?というのは大きな問題になったわけですよ。でも、今はシャープや東芝を見るまでもなく、大きな企業も小さな企業も、その存立の基礎が揺らいでいる時期なんですよね。こんな時期に「企業の社会貢献が云々」なんてのは、正直なところ、違うと思うのですよね。

つまり、企業の存立は、儲かってこそ。儲けがなければ企業そのものの存立ができない。製品の品質をよくする、なんてのも、余剰利益があっての話。だから、「資本主義の原理」ではなく「組織の存立」に殉じる経営者はウソも許容するトップという「うそつき」にならざるを得ない。今は企業が儲からない時代になったから、かつて儲かっていた企業が軒並み、信頼性の低い製品を作ったり、スペックでウソをついたりする。それが正当化される根拠というのは「企業の存立」なんだな。「資本主義」という教義に殉じるのではなく、「組織の存立」に殉じるトップ、というのは、要するに企業トップ不適格なんじゃないと思うのですよ。いや、「組織の存立」のほうに重きを置くトップは、「(資本主義とは違う)別の教義の信者」であり、資本主義というものから言えば「邪教」そのものなんですね。日本企業というカテゴリがもしも組織のほうに重きを置き、資本主義を無視するのであれば、それは「日本企業全体は、資本主義の世界から退場すべき」なんだと思うのね。そうなれば、退場せざるを得ないけれどね。その人間の集団は資本主義とは別の原理で動いている集団なんだな。

なんで、企業の業績などを一切問題にせずに、品質の話をするのか?ってのがだいいたい理解できない話だよね。そういう豊かな時代の日本は、終わったんだけどね。

 


 

対話型のプログラムでの「日本語訳」はこうする

人間と対話する形式のプログラミングのとき、人間に働きかけるメッセージが必要なときが多々あります。

英語の表現では、

〜の入力は空白ではいけません」とか「〜の入力は数字のみ受け付けます」

といういうのがあるわけですが、これを日本語で表現するときは

「〜を入力してください」、「〜は数字を入れてください」というようにします。

元の表現は、「自分の頭で考えてなんとかしてね」という言い方です。日本人のほとんどは「(小さなことまで)自分の頭で考え、自分が考えたことを自分の責任で実行する」ことが苦手なので、そのままの直訳では、その質問を投げかけられたほうは「戸惑う」のです。

「XXはだめです」→「ではどうしたらいいか(自分で考えて答えを出す)」→「(自分の責任で)実行する」

という思考回路が、米国人などにはあります。その思考回路を誘導するようにメッセージができています。しかし、日本人の多くの人はこういうメッセージを投げられても戸惑うばかりで、「なにを自分はしたらいいのか?」がわかりません。ですから、日本人にとって、「直訳」は「なぞかけ」のように見える。「じゃ、どうしたらいいんだ?」まで書かないと、自分がなにをすればいいかがわからないのです。だから、そういうメッセージは直訳せず、日本人の現状にあわせて、「自分はなにをすべきか」まで書かないといけないのです。つまり日本人のほとんどの人の思考回路にあわせると、こういうシステムからのメッセージの訳し方も変える必要があります。

つまり、

「パスワードは空白は使えません」

という元のメッセージは、

「パスワードを入れてください」

というように日本語訳します。

前者のメッセージでは

「空白のパスワードが使えないから、どうしたらいいか?」→「なにかパスワードを入れなければならない」→「なにかのパスワードを考えて入れる」

という思考回路になります。つまり「自分の頭で考える」思考回路が自然に動くことが前提のメッセージなのです。そのように頭が働かないと先に進みません。これは、そういう訓練が、普段からされている人に対するメッセージです。

後者は、

「パスワードを入れてください」

という「絶対の命令」で、言われないと、自分が何をしたらいいか、が自分で決めらない人に対するメッセージです。

そこに前記のような「ではどうしたらいいか」を自分で考える思考回路が働く余地はありません。自分の頭で物事を考える訓練がされていないことが多い日本人の場合「余地の無い命令」でないと「伝わらない」のです。

たかがプログラムのメッセージです。プログラムのメッセージを変えるのは簡単です。しかし、世の中の文化を変えるのはかなり大変です。だから、この場合は、プログラムのメッセージのほうを日本人にあわせて変えるのです。本当にそれが良いことであるかどうか、は別の問題です。しかし、プログラムを組む人間は、常に「文化の違い」を考えて、プログラムのメッセージを考えることは必要です。繰り返しますが、どちらがより望ましいか、は、別の問題です。

コミュニケーションというのは、文化です。文化が違えば、コミュニケーションのかたちも変わります。対話型のプログラムを組むときとか、英語のプログラムを日本語に直すときときなど、参考にしてください。